はじめに

 私は今年七十歳になる。

 七十歳と聞いて皆さんはどんな姿をイメージするだろうか。
 孫自慢をする「おじいさん」か。はたまた趣味をのんびり楽しむ「リタイヤーした人」か。
 どちらにしろ「七十歳になったらもう立派なシニア」だと思う人が多いのではないか。

 たしかに昔は、平均寿命を越えた七十歳は「古希」として祝われるほど充分な「お年寄り」だったかもしれない。「もう仕事なんてリタイアしてのんびり過ごしていいんですよ」と周囲からねぎらわれる年齢だったかもしれない。
 しかし今は違う。
 医療の進歩で寿命は延び、科学技術とIT技術の発達で人間の能力の限界は格段に広がった。
 個人差はあるだろうが、七十歳はまだまだ「現役」でいられる年齢だ。
 それなのに企業の定年は相も変わらず六十歳、よくて六十五歳という状況である。 運のいい人は再就職の口をみつけるかもしれないが、それだって八十歳とか九十歳まで働かせてもらえるわけではないだろう。
 多くの人は、働く意欲も能力もまだ充分あるにもかかわらず、六十歳という一律のラインで会社をやめさせられ、翌日からは「シニア」と呼ばれることになる。

 しかし、私には、七十歳になる今でも自分が「シニア」だという自覚はまったくない。
 なぜなら、私は定年を迎えるずっと前から組織を離れて仕事を続けており、年齢で区切りをつけられるという経験がなかったからだ。
 私は気力と体力が続く限り仕事を続けていくつもりだし、「シニア」になるときは人から線をひかれるのではなく自分で決断したいと思っている。
 これから定年を迎える人たちの多くは私と同じように考えているのではないだろうか。
 そう言うと「そりゃあおまえはそうやって若い頃から会社を離れてやっていけるから今でも仕事をしていられるんだ。こっちは定年まで宮仕えの身。今さら会社を離れたあとに仕事が続けられるとは思えないよ」というぼやきが返ってくる。
 はたして本当にそうなのだろうか?
 若いうちに起業しなかった人は六十歳で「シニア」になるしか道はないのだろうか?
 六十歳で人生を変えることはもう無理なのだろうか?

 そんなことはない。
 たしかに、ボーっと流れのままに暮らしていれば「六十歳=シニア」になるのは決定的だろう。
 しかし、やる気とノウハウさえあれば、それを回避することはできる。
 なぜそう断言できるかと言うと、私自身が、六十歳どころか六十八歳のときに自らの意思で大きく人生を変えたからである。
 それまで三十五年間、私はロサンゼルスに住居を構え、アメリカ中を飛び回って日米間ビジネス専門の調査・コンサルティングの仕事をしていた。
 アメリカの生活にはすっかり慣れていたし、仕事もおもしろかった。
 それでも思うところあって、それまでのライフスタイルを一新し、ホノルルへの移住を皮切りに、ビジネスの拠点を少しずつ日本に移していくことにした。
 なぜそのような決断をしたのかについては本文に詳述するが、とにかく人間その気になればいつでも人生を変えることはできるのである。  

 そう。「人生を変える」。ここが重要なポイントだ。
 私が提案するのは単なる「現役生活の引き延ばし」ではない。
 「まったく新しい生き方を選ぶ決断」だ。 
 若い頃のような働き方とは違う、でも悠々自適のシニアでもない新しい生き方。そんな生き方をあなたはしてみたくはないだろうか。
 今までの日本には、
家族のため、家のローンのため、身を粉にして働いてきた現役時代ビジネスには一切かかわることなく気ままに暮らせるシニア時代の二種類しか選択肢がなかった
 もちろん「現役→リタイヤー」というコースを選ぶこともひとつの生き方だし、それは個人の自由だ。
 が、今はその両方の要素を兼ね備えた新しい生き方が可能な時代になった。
 それを私は「プレシニア」と名付けてみた。

 もしあなたが今「現役生活」の終わりを生きていて、この先「隠居」するしかない自分の未来を思い描いて違和感を感じたなら、ぜひ本書の中身を読んでほしい。
 「プレシニア」になるための覚悟や心構えは決してなまやさしいことではないが、知らず知らずのうちに体にしみこんだ「思いこみ」や「既成概念」を取り除くことで、きっとあなたの前に思ってもいなかった世界が広がることだろう。


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